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パラリンピックをめざすSMBCグループ所属アスリートたち We are Team SMBC

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HARUKA HIROSE

廣瀬 悠 選手

柔道

PROFILE

1979年生まれ、愛媛県出身。小学2年生から柔道を始め、高校時代にはインターハイに出場。その後、緑内障を発症し、柔道から離れる。鍼灸師の資格取得のために通い始めた盲学校の担任から勧められ、25歳から視覚障害者柔道を始める。北京2008パラリンピックで5位入賞。2015年に同じく視覚障害者柔道の選手である順子氏と結婚。リオ2016パラリンピックでは夫婦そろっての出場を果たす。東京2020パラリンピックも夫婦での出場が内定している。

PROFILE

1979年生まれ、愛媛県出身。小学2年生から柔道を始め、高校時代にはインターハイに出場。その後、緑内障を発症し、柔道から離れる。鍼灸師の資格取得のために通い始めた盲学校の担任から勧められ、25歳から視覚障害者柔道を始める。北京2008パラリンピックで5位入賞。2015年に同じく視覚障害者柔道の選手である順子氏と結婚。リオ2016パラリンピックでは夫婦そろっての出場を果たす。東京2020パラリンピックも夫婦での出場が内定している。

INTERVIEW

夫婦二人三脚で「楽しい柔道」を究める。

柔道をやめたかった学生時代

柔道を始めたのは小学2年生。同級生のお父さんが柔道の先生で、彼らに誘われたことがきっかけでした。その道場が厳しいところで、実はずっとやめたくてしかたなかった。友達は途中で柔道をやめてしまいましたが、私はやめたいと言い出せず、結局高校まで続けていました。

高校2年生で緑内障と診断され、18歳のときに手術しました。柔道で大学や実業団から誘われていましたが、医師に「投げられた衝撃で眼球が破裂する可能性が高まるから柔道はやめなさい」と言われるような状態でした。当時は、これ以上続けられないという気持ちになり、病気を理由に柔道からはなれました。

その後は普通に社会人生活を送っていましたが、視野の欠損が90%くらいまで進み、25歳の頃から盲学校に行くことになりました。担任教師が陸上競技のパラリンピアンで、家庭訪問の際に以前に獲った柔道のメダルやトロフィーを見て「このレベルならパラリンピックに出られるのでは」と背中を押してくれたので、それを機に柔道を再開しました。医師に止められていたこともあり、躊躇する気持ちもあったのですが、両親の「北京に応援に行きたい」という言葉で決意しました。ずっと迷惑をかけていたので、親孝行したいという気持ちもあったからです。

過去の経験のおかげですぐに世界大会に出場することができ、北京2008パラリンピックでは5位に入賞することができました。ただし、医師からはずっと「やめたほうがいいよ」と言われ続けていました。6~7年前に再手術した際も、本当はより良い手術の方法がありましたが、それだと目の強度が下がり、柔道で投げられたときに耐えられなくなるということで断念し、現在も競技を続けている状態です。

めざしているのは「楽しい柔道」

視覚障害者柔道は、お互いに組み合った状態から始めること以外は一般の柔道と同じです。健常者の柔道はまず組み手争いがありますが、視覚障害者柔道は組んでから始まるので技の攻防が激しい。迫力のある試合展開になりますし、一瞬でも見逃すとそこで終わってしまうことがあります。そのあたりが視覚障害者柔道の魅力だと思います。

妻の順子さんは共に練習するパートナーであり、私は彼女の指導者でもあります。指導者の立場から見ると、彼女は努力する才能がすごいと感じます。強い選手に負けても、次は勝ってやろうと練習を積み重ねて決して諦めない。リオ2016大会で銅メダルを獲った後も、世界ランクで最高2位まで上がるほど努力を重ねる姿をそばで見ていたので、同じ競技者としても尊敬しています。
だからこそ、私にも「指導者である自分が負けたくない」「昨日の自分にも負けたくない」という強い想いがあり、おのずと練習に力が入ります。

高校までは、笑うと怒られ、成績が悪いと叱責されるという厳しい柔道をやってきましたが、いま私たちがめざしているのは「楽しい柔道」です。たとえ辛い道のりでも楽しむことができれば乗り越えられますし、次が辛くても頑張ろうと奮起できるからです。
これをはじめた当初は、笑顔の多い自分たちについて「真剣にやっていない」などと否定的な意見もありました。しかし、リオ2016大会が終わったあたりからSNSなどで「お二人の楽しい柔道というのは、本来の柔道の姿なので応援しています」などのコメントを多くいただくようになり、嬉しく感じています。

2021年で私は42歳になるので、正直一年の延期は体力的にもきついものがありました。しかし、このコロナ禍でも自分たちを応援してくれる方や、練習に協力してくれる方が大勢いました。東京2020パラリンピックでは、一試合でも多く自分が闘っている姿を見ていただけるように、これからも精進していきます。

戦歴

2008年
北京2008パラリンピック 男子100kg級 5位
2014年
第29回全日本視覚障害者柔道大会 男子100kg級 1位
2015年
第30回全日本視覚障害者柔道大会 男子90kg級 1位
2016年
リオ2016パラリンピック 男子90kg級 出場
2017年
第32回全日本視覚障害者柔道大会 男子 90kg級 2位
2019年
IBSA柔道グランプリ バクー大会(アゼルバイジャン) 
男子90㎏級 7位
2019年
IBSAアジアオセアニアチャンピオンシップ(カザフスタン) 
男子90kg級 5位
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