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パラリンピックをめざすSMBCグループ所属アスリートたち We are Team SMBC

TOKYO2020 SMBC三井住友銀行 ひとりひとりが日本代表

MITSUGU CHIWAKI

千脇 貢 選手

車いすバスケットボール

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PROFILE

1981年生まれ、千葉県出身。高校2年時にスノーボードで回転ジャンプをした際、着地に失敗し、脊椎を損傷、下半身不随となる。大学時代にうつ症状となり、引きこもりがちな生活を送っていたが、大学4年のとき、状況を打破したいという強い思いから、地元の強豪クラブチーム『千葉ホークス』の門戸を叩き、車いすバスケットボールを始める。32歳で日本代表初選出。2015年のアジア・オセアニアチャンピオンシップに出場し3位。その活躍を目にしたドイツのコーチに才能を見出され、世界最高峰といわれるドイツ『BG Baskets HAMBURG』で2017年までプレイ。その間、リオ2016パラリンピックへの出場も果たす。2017年8月からは東京のチーム『No Excuse』へ移籍。

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PROFILE

1981年生まれ、千葉県出身。高校2年時にスノーボードで回転ジャンプをした際、着地に失敗し、脊椎を損傷、下半身不随となる。大学時代にうつ症状となり、引きこもりがちな生活を送っていたが、大学4年のとき、状況を打破したいという強い思いから、地元の強豪クラブチーム『千葉ホークス』の門戸を叩き、車いすバスケットボールを始める。32歳で日本代表初選出。2015年のアジア・オセアニアチャンピオンシップに出場し3位。その活躍を目にしたドイツのコーチに才能を見出され、世界最高峰といわれるドイツ『BG Baskets HAMBURG』で2017年までプレイ。その間、リオ2016パラリンピックへの出場も果たす。2017年8月からは東京のチーム『No Excuse』へ移籍。

INTERVIEW

世界に通用する強いフィジカルで
東京2020パラリンピックの日本代表入りをめざす。

自分を変えたい一心で、強豪のクラブチームへ飛び込んだ

高校2年生の時、スノーボードの事故で車いすの生活になりました。退院後に高校に戻った際に、仲間たちが車いすの自分を以前と変わらず受け入れてくれたので、自分が障がいを持ったという感覚はほとんどありませんでした。
大学に進むと、以前の自分を知る人は誰もおらず、みな障がい者としての私しか知りません。同時に今後、脚が動くことがないという現実を直視することにもなり、徐々にうつ状態となってしまいました。3年ほど一人で思い悩む日々が続き、このままではいけないと思い始めた頃に車いす業者の方に紹介してもらったのが、地元千葉の車いすバスケットボール強豪チームでした。その時点では競技への興味よりも、自分を変えたい、鬱々と過ごす日々から抜け出したい、という気持ちのほうが大きかったですね。

競技を始めて間もない頃に、試合の第4クオーター残り5分で、ほんの少しだけ出場する機会がありました。しかし、5分しないうちに5ファウルで退場。なぜファウルを取られるのか理解できず、思わず審判を睨んでベンチに戻ったのですが、それを当時のキャプテンは見逃していませんでした。試合後「うちのチームは新人であれ、ベテランであれクラブチームの看板を背負っている。そういう態度をとるのならお前はもう必要ない」と。
その時、障がい者スポーツに対して自分が間違った認識を持っていたことに気づかされました。みんなで楽しくわいわいプレーできればいい、と思っていたのですが、ふたを開けてみれば一人ひとりがアスリートとしてのプロ意識を持っている集団。そこに障がいの有無など何も関係ありませんでした。

勝てるチームの中心にいること、その先に2020年がある

私のポジションはPF(パワーフォワード)で、オフェンスではゴール下を、ディフェンスではリバウンドを担います。
このポジションは非常に高いフィジカルが要求されるので、一般的には障がいのレベルが軽く、体幹の強い選手が担当します。自分のようにお腹から下が機能していない状態でゴール下を仕事場にしている人は少ないです。

32歳で日本代表に選出され、2015年から2シーズンドイツのクラブチームに所属し、プロリーグに参戦できたのは、これまで少しずつ積み上げてきたものを多くの方に認めてもらえたからだと思います。
ドイツのリーグ戦では毎週末の試合が半年以上続きますが、相手も仲間も各国の代表選手というレベルなので、非常に高い技術を持った集団の中で過ごすことができました。
2017年に帰国して東京のチームに移籍しました。最近は海外で活躍する選手も増えているので、勝ち上がるためには強いフィジカルが必要です。スタミナの維持や食事管理、筋肉の疲労をいかに回復させるかなどは、ドイツで学んだ経験を活かせていますね。2019年に再びドイツでプレイする機会もありますので、いまは日本・ドイツそれぞれで頂点をめざしたいと思っています。

東京2020パラリンピックで日本代表に入るためには、目の前の課題をこなし、毎試合勝ち続けることが重要となります。常に結果を出せる「勝てるチーム」であること、さらに言えばその中心の選手であることが必要な条件だと考えています。

戦歴

2013年
車いすバスケットボール世界選手権大会
アジアオセアニア予選 4位
2014年
車いすバスケットボール世界選手権大会
仁川 9位
2014年
アジアパラ競技大会 仁川 銀
2015年
アジアオセアニアチャンピオンシップ
(リオ2016パラリンピック予選) 千葉 3位
2016年
リオ2016パラリンピック 9位
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